わたしは、キリストの息が通るフルートの穴

さあ この音色を聞いておくれ

わたしは、生きとし生けるものが歌い奏でる無限のハーモニー

スーフィの詩人、ハーフェズ(Hafiz)

I am a hole in a flute
that the Christ’s breath moves through
listen to this music
I am the concert from the mouth of every creature
singing with the myriad chorus

Eckhart Tolle

(ショートビデオ)

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私という存在は、フルートの本体ではなく、穴の方であるということ。
我を手放したとき、キリストの吐息が(大いなる何かが)フッと入ってきてくれて、それが美しい(人生の)音色を奏でてくれる

フッと入ってくるというのは、人によっていろいろ違うけど、
直感や閃き、あるいは予期せぬ人との出会いであったり、情報だったり、人智を超えた力であったり・・・。

自分の力で何とかしようと、我を張って(頑張るともいう(笑))生きるのもありだけど、
コントロールするのに疲れたら、
大いなる何かを信頼して委ねてみるのもありなのです。
将棋の羽生さんの表現を借りると、こんなことなのだと思う。

《タイトル戦の前などには、ボーッっとした空白の時間をつくるようにしている。頭の中に空いたスペースがないと集中できない》

この空いたスペースが、もしかしたら、羽生さんにとってのフルートの穴なのかもしれない。