一週間以上滞在したアシジの町の様子を、
少しFace book にアップしてみたら
「昔行ったことがある、懐かしい〜♡」という何人もの声が。

アシジは、ローマから電車だと2時間半、
車でもエンヤコラ3時間近くかかる辺ぴな場所なのに。
さすが、すごいわ、みなさん、たくましい!

丘の上にたたずみ、城壁でクルリと囲まれたその小さな町は、
今でも中世の面影を残しています。

数カ所ばかりの門を閉ざせば、
敵も獣も、疫病すら侵入不可という古き時代の智慧。
グーグルマップの衛星で、家の前のゴミ置き場まで容赦なくさらされる昨今と違い、なんだかシンプルでいいですね。

ちなみに、Assisiの英語発音は、”アシジ” です。
知らなくて、「アッ シジ」と言っていたら、米人にはわかってもらえなかった・・・。
「オー、アシジ!?」
そうです! (お恥ずかしい)


さて、この旅の目的は、
今世界でダライラマ法王(一番)につぐスピリチャルリーダーだと言われる、
Eckhart Tolle (エックハルト・トール)の5日間リトリートに参加するため。

ダライラマ法王を見たときも感じたけど、
真にエゴ(自我)を超えている人というのは、とても穏やか。

ただ見ているだけで、
人の心を、ニコちゃんマークの顔のようにさせてしまうパワーをもっていますSmile

エックハルト・トールと、アシジの町

 

そもそも《リトリート》とは、
自分の内側に入っていく(魂の住処へと向う)ことですが、
最近の海外はすべてリコネクション絡みだったので、
今回はドップリ自分とだけ向き合う時間を過ごせました♡

毎朝、7時の教会の鐘で目覚め,(7時15分にはもう一度鳴るという、
スヌーズつき?)、そして各自滞在しているホテルで朝ご飯。


外は青くても、とても甘いイチジク。皮ごと、リコッタチーズを添え食べ      ちゃいます。


奥にあるのが教会。この時期アシジの朝は、いつも霧もやに包まれていて、霧さえロマンチック。

そして、世界から集まった500人近くの同じ道を歩む仲間達と,
1日に数回、エックハルトの講義を聴きます。
日本人もいるかと思いきや、ロンドン在住の方が、お一人だけでした。

アメリカ・ヨーロッパ諸国では絶大な人気なんですよ、彼 ♪

日本でもエックハルトの著書の和訳本はあるのですが、
数冊は監修という名目でエゴの文章が付け足され、
教えの純粋さが損なわれているという、とても残念なことになっています。
you tube の翻訳ですと、(きっと有志の方達がなさっているのでしょうが)、
忠実です。

サンダミアーノ教会
フィンランドからのお友達と、サン・ダミアーノ教会にて


“エックハルトって、こんな人・・・”

外側から試練を乗り越えさせるのが得意なのは、
(ご存知の方も多いかもしれませんが)
燃える闘魂、アンソニーロビン(Anthony (通称Tony )Robbins) 。
(テーマソングは、ロッキーでしょうか?古いね~ ^^;;)

内側から超えていく道しるべを静かに示してくれるのが、
エックハルト・トール。
(テーマソングは、なし。静寂です(笑))

明らかに、対局の存在。

牢獄と囚人を例に説明すると、こういうこと。
アンソニーロビンは、監獄が嫌なら脱獄しよう!というタイプ。
脱獄のプランを提示してくれ、かつ脱獄への情熱と勇気を注いでくれます。
(外側からのアプローチ)
映画のテーマとしては、かなり魅力的です。

エックハルトは、
(囚人である)今の状況を受け入れ、
(監獄のなかで)自分の心の内側でまず超えようね、タイプ。
(内側からのアプローチ)

ちなみに、アンソニーロビンも、エックハルトも、
二人とも精神的チャレンジを強いられた生い立ちから、今があります。

どちらかが正しいわけでなく、
両方のエネルギーが存在することに意味があるのです。
たとえば、陰陽のシンボルのようにね。

余談ですが、アメリカから入ってきている自己啓発セミナーは
(特に10~20年くらい前は)、アンソニーロビンタイプ。
外からガンガン押される自己啓発セミナーで、挫折を味わい、
もしやワ・タ・シは人間失格?と過去に思ったことがあっても大丈夫。
ただ自分にあったアプローチではなかっただけなのだから。

陰陽のシンボルとは、静・動、二つが存在することで成り立ちます。
(ここではシンプルにいきます)

どちらも中央に小ちゃな丸、◯がありますね?
「これが大切」

そのちょこんとした丸があることで、バランスがとれるのです。
この世界では、静かな中にも少しの動は必要だし、
動の中にも少しの静が必要
ということ。

英語だと、
doing (動)と、being (在るだけの静の状態)

自分の傾向を知り、よりベストなバランスをとると、
人生が楽になっていきます。

ちなみに、
human being 』とは、人間や人類のこと。

人は、being により近づくのが自然な姿なのかもしれませんね。
とくに命が終わりに近づいた人たちは、
身体も精神も透な静けさに包まれるようになります。

私はというと、ホントは
自然の中で何もしないでボ~ッとしているのが好きなのだけど、
必要なときは、アンソニーロビン(もどき)になることもできます。
(その姿を目の当たりにした人しか、信じてもらえないのが寂しいですが・・・)

そうやってワタシも、自分のバランスをうまくとっているのだと思います。
さて、みなさんは、いかがでしょうか?


オマケの写真集。


朝6時くらいからオープンしている、早起きのパン屋さん


京都では、観光客は舞子さんの写真をとりたがるように
アシジでの主役は、もちろん!修道女。
修道女の方も、もう慣れっこな感じだったけど、 (私もですが)多分10数名くらいが階段の下で群がり、カメラを向けていました(^^; ごめんなさい〜。

イタリアといえば、ネコさん。
アシジでも、沢山の奇麗なネコたちが、野放しになって優雅に町をお散歩しています。